【解説】スターマー英首相の失脚を解剖する……BBC政治編集長

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クリス・メイソン 政治編集長
何カ月もの間、何週間もの間、そして時には連日、私たちはサー・キア・スターマーの政権が崩壊する過程を記録してきた。
それでもやはり、22日の朝に再びダウニング街に立ち、また一人の首相が、この国の指導者の職を終えると宣言するのを待ち続けたのは、息をのむような出来事だった。
保守党のボリス・ジョンソン氏のようにスキャンダルで失脚したわけではなく、リズ・トラス氏のように経済的な大失態が理由となったわけでもない。
しかし、ジョンソン、トラス両首相の失脚と共通する点はあった。サー・キアもまた2人と同じように、実際に統治する力を失っていた。そうなってしまうと、首相としてはもうおしまいだ。
3人が統治力を失ったのは、3人とも与党の議員たちの信頼を失ったからだった。
そして3人とも、互いに4年もたたない間隔で、首相官邸の前で演台に向かい、辞任演説をした。驚くべきことだ。
なぜ近年の首相5人が誰も長続きしなかったのか、諸説が飛び交っている。約20年前の金融危機以来、イギリス経済が停滞し続けていることは、どこまで関係しているのか。ひっきりなしに続くソーシャルメディアの騒音はどうなのか。
サー・キアがどうしてこうなったのか、多くの労働党議員が指摘する要因はたくさんある。それらはゆっくりと積み重なった挙句、あっという間に爆発した。

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スターマー政権は2年前の総選挙で圧勝して政権交代を実現してから間もなく、多くの年金受給者に対する冬季燃料費の支給を停止すると決め、やがてその政策を覆した。スターマー政権は、自分たちで決めた政策をたびたびUターンさせた。
加えて、首相をはじめ政権幹部がさまざまなプレゼントを受け取っていたという問題もあった。首相に複数のめがねを贈った支持者が首相官邸の通行証を与えられていたという英紙タイムズの報道から、この問題は「passes for glasses(めがねでパス)」とも呼ばれた。
そして、労働党が政権に就いてわずか数週間で、首相官邸の中枢における機能不全が明らかになった。サー・キアの最初の首席補佐官だったスー・グレイ氏を解任させようとする内部対立を、私たちが報道したのがきっかけだった。
これだけのことが、最初の3カ月で起きた。
そして、ちょうど1年前に決定的なことが起きた。首相自ら提案した福祉制度改革について、首相は屈辱的な譲歩に追い込まれたのだ。
この政府は自分たちの言いなりになると、労働党の下院議員一同が気づいた瞬間だった。首相官邸はこの時、一気に権威を失った。
マンデルソン卿の駐米大使任命をめぐる一連の顛末(てんまつ)と、容赦ない屈辱が始まる前に、これだけのことがあったのだ。
マンデルソン卿は2025年9月に大使を解任されたが、この問題はその後も延々と続いた。結果的には、スターマー首相の残る在任期間中、ずっと続くことになった。
こうした諸々の最中に、野党時代から政権発足以降に至るまで、常にサー・キアと行動を共にしたモーガン・マクスウィーニー首席補佐官が辞任した。官邸のティム・アラン広報部長も辞任した。
こうした状況の舞台裏、最初は内々にくすぶっていたことが、やがて公に表明されるようになった。自分たちのリーダーについて膨らみ続ける、労働党議員の不満のことだ。多くの人が内心では、もうずっと前から不安だったのだ。
こうした不満や不穏な空気をできる限り記録するのが、ジャーナリストとしての私たちの仕事だ。そして、往々にしてテレビカメラやマイクから遠く離れたところで実際に起きていることの実感を伝えるのが、私たちの仕事なのだ。
私たちが知ることの多くは、オフレコでなくてはならない。誰が私たちに話をしたのかを特定できる形で公表しないという条件のもと、関係者は私たちに情報や気持ちを共有する。
私は時折、読者や視聴者から、なぜ「関係者」や「高官」といった匿名の情報源ばかりなのかと不満のメールをもらう。実名を出して報道しろと要求される。
しかし、積極的に実名で語る人たちの発言しか伝えないようでは、起きている事柄について、私たちはとても薄っぺらい説明しかできなくなる。
どのような組織でも、あるいは家族でも、一番率直な意見は内々でのみ語られがちだ。少なくとも、その意見が十分に重みを得て、もっと広く共有してもいいだろうと思えるようになるまでは。
たとえば昨年11月、私たちは複数の詳しい消息筋を情報源として、首相下ろしの動きにサー・キアは対抗するつもりだと伝えた。
この話が表ざたになったのは、首相が危険な状態にさしかかっていると、側近たちが心配していたからだ。首相の支持者らは、首相が党内から挑戦される危険を軽減しするためには、自分たちの弱みをさらけ出しても仕方がないと、それほどまでに現状を心配していたのだ。
こうした非公開の会話をもとに、私は2025年のおおみそか、2026年はサー・キアにとって正念場の年になると書いた。政治の焦点は5月の選挙になると、私は書いた。
しかし、事態は一部の予想よりも速く進展した。2月には、スコットランド労働党のアナス・サルワル党首が公然と首相の辞任を求めた。私たちは当時、首相が死にかけたと伝えた。

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その時点で私たちが伝えたように、首相下ろしがこれでおしまいではないことは明らかだったし、実際そうなった。5月の地方選の結果、無数の労働党議員が長らく恐れていたことが確信に変わった。自分たちのリーダーは本当に、本当に不人気で、党の支持を損なっているのだと、議員たちは理解したのだ。
労働党議員たちは、自分たちが見たものを有権者の意見だとして、見解を固めた。サー・キアの退陣はほぼ不可避となった。
このような状況では、グレーター・マンチェスターのメイカーフィールド選挙区で行われる補欠選挙にアンディ・バーナム氏が出馬し、ウェストミンスターに復帰して党首に就く機会を得ることを、首相はとてもではないが阻止できなかった。
そして現在、首相は自分の退任日程を示した。下院議員に復帰したバーナム氏は、政権構想を練っている。わずかな時間しか残されていないスターマー政権は、私たちの目の前で崩壊しつつある。
直近では、マイク・タップ移民担当政務次官の今後をめぐり、シャバナ・マムード内相とスターマー首相が、公然と対立した。これは、崩壊しつつある政権が統制と一体性をどう維持するかという典型例だ。
マムード内相は、自分の部下が反抗的だと思い、激怒している。
タップ氏は、次期首相と目されるバーナム氏が新政権の人事を検討しているなか、独自の政策を打ち出している。
ちなみにタップ氏は、最後までサー・キアに極めて忠実だった。
一方のマムード内相は、5月の時点でスターマー首相に辞任すべきだと告げている。そして首相は今、タップ氏の解任を公然と求める内相の要求をはねつけた。
これは控えめに言っても、閣僚が一致団結してまとまって行動しているとは、とても言い難い状況だ。首相としてサー・キアに残された最後の数週間で、権力の最後のかけらがあっけなく払いのけられている。
その一方で、イギリス政界の中心地、ロンドン・ウェストミンスターの一角で、さらにはバーナム氏の地元マンチェスターの一角で、「次の政権」が立ち上がりつつある。
バーナム氏は29日、党首選への立候補を表明して以降で初となる演説を行い、自身のより広範な政治構想を説明。次期党首およびイギリスの新首相となった暁には、イングランド北部のマンチェスターに新たな首相官邸チーム「ナンバー10ノース」を置き、イギリス全土に権力を再分配すると語った。
また、戦後最大規模の公営住宅建設計画や、教育に関する「完全な再考」、福祉支出の削減も約束した。












