チャールズ英国王への批判は「歴史の目撃者の義務」だとダイアナ元妃の弟、BBC単独インタビュー

白い壁と暖炉、えんじ色や白、水色のじゅうたん、金色の額縁の肖像画などが並ぶ部屋で、茶色い枝網細工の椅子にお互い向き合って座る記者と伯爵。記者は笑顔で身を乗り出し、伯爵も身を乗り出して答えている
画像説明, スペンサー伯爵邸オルソープで、BBCのローラ・クンスバーグ司会者が伯爵に話を聞いた
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アンドレ・ローデン=ポール

イギリスの故ダイアナ元妃の弟、スペンサー伯爵は、チャールズ英国王を近著で批判したことについて、「歴史の目撃者としての義務」だったとBBCの単独取材で話した。伯爵の回顧録「白鳥の歌:ダイアナ、私の姉」は、22日に発売予定。すでにその内容の一部が報道されている。

回顧録に先立ち、スペンサー伯爵はBBCのローラ・クンスバーグ司会者の取材に応じ、「真実だったことを、きっぱりと書き留めておきたかった」と述べた。

伯爵は著書で、姉ダイアナ妃の死の数日後にチャールズ皇太子(当時)「私たちは間もなく彼女のことを忘れる」と発言したと書いている。また、当時15歳と12歳だったウィリアム王子(当時)とハリー王子について、息子たちが母親の葬列に加わることを、ダイアナ元妃は望まなかったはずだと伯爵が主張したところ、チャールズ皇太子から「激しい怒り」を浴びせられたとしている。

これに対して、国王夫妻の公務を管理するバッキンガム宮殿は、「原則として書籍についてはコメントしないが、国王陛下は、きょうだいの死による悲しみは理性を曇らせ、判断力に影響を与え、たとえ何年もたってからでも、他人が気づかないような形で記憶をゆがめる可能性があることを承知している」と述べた。

スペンサー伯爵へのBBCインタビューから、要点を紹介する。その中には、ダイアナ妃の死をどのように知ったのかについて、さらには、サセックス公爵ハリー王子夫妻に対する報道への批判なども含まれる。

元妃の自動車事故は「それほど深刻ではない」と姉から知らされた

ダイアナ元妃は1997年8月31日未明、親しくしていたドディ・アル・ファイド氏や車の運転手とともに、フランス・パリで交通事故で亡くなった。スペンサー伯爵は当時、南アフリカに滞在していた。

伯爵はBBCに対し、姉のジェイン・フェローズ男爵夫人から電話があり、ダイアナ元妃が交通事故に遭ったが「それほど深刻ではない」と告げられたという。

しかし、姉からの連絡が次第に深刻さを増し、ついに「『死んでしまった』とジェインが言った。最初はちょっとした衝突だと言われていたのが、脚の骨折だとなり、もしかしたら頭部外傷だとなり、ついには死んだという具合だった」と、伯爵は話した。

白髪の男性が水色のシャツと紺色のジッパーつきプルオーバーを着て、カメラに向かって話している
画像説明, BBCのインタビューに答えるスペンサー伯爵

元妃の死後、チャールズ皇太子は

ダイアナ元妃が亡くなった数時間後、スペンサー伯爵は、南アフリカ・ケープタウンの自宅でチャールズ皇太子(当時)から電話を受けたのだと、BBCに話した。皇太子は、スコットランドのバルモラル城でウィリアム王子とハリー王子に、2人の母の死去を伝えたのだと、伯爵に話したという。

「その口調から、どこかふわふわ浮ついた様子を感じた」と伯爵はBBCに述べた。

「あの日は、大勢がショックを受けて心配して、電話してきてくれた。その中で、彼の口調はダイアナの死についてどこか軽くて、私は本当に違和感を覚えた」

スペンサー伯爵は著書の中で、この時の皇太子の口調を「宝くじに当たった人」のようだったと描写している。さらに、これで自由になった、愛する女性、つまり現カミラ王妃と結婚できるようになったと、そういう思いから、そのような口調になったのではないかと推測している。

BBCのクンスバーグ司会者は、当時のチャールズ皇太子が本当にそう思っていたのかと伯爵に尋ねた。伯爵は、「確信は持てないが、口調から察して、可能性としてはあり得ると思う」と答えた。

息子たちにとって「意外でないはず」

スペンサー伯爵は、元妃の葬儀について宮殿関係者と話し合っていたところ、ウィリアム王子とハリー王子が母親の棺の後ろを歩くことになったと言われたのだと、BBCに話した。伯爵は当時これに不満を抱き、姉はそのようなことを決して望まないはずだと関係者に伝えたという。

それから間もなく、伯爵にチャールズ皇太子から電話があり、反対したことについて尋ねられたという。

「私は『もちろん彼女はそんなことを望まないはずです』と答えた。すると彼が『いや、でも、私はマウントバッテン卿の棺の後ろを歩いたよ』と言うので、私は『ええ、でもあなたは30歳でしたし、彼はあなたの母親ではありませんでしたよね』と言った」のだと、伯爵はBBCに話した。

マウントバッテン卿は故エリザベス女王のまたいとこで、故フィリップ殿下の叔父にあたる海軍軍人で、英国防参謀総長などを経て1979年にアイルランド共和軍暫定派に暗殺された。

伯爵はさらに、自分の反論に皇太子が「激怒」し、スペンサー家の義務感が不十分だと「しばらくまくし立てた」後、「私たちは間もなく(ダイアナの)ことを忘れてしまう」と発言したのだとBBCに話した。

「私は本当にあまりに愕然(がくぜん)としてしまい、しばらく黙り込んでしまった。それからしばらくして、『あなたがいま言ったこと、そんなことを言うなんて、信じられない』と告げて、電話を切った」のだと、伯爵はBBCに語った。

ウィリアム王子とハリー王子は、母親の棺が葬儀場から運び出される際に頭を下げた

画像提供, PA Media

画像説明, 当時15歳と12歳のウィリアム王子(左)とハリー王子は、母親の棺の後ろを歩いて葬列に加わった(1997年9月6日、ロンドン)

伯爵が近著で書いたこの内容が報道されたのを受け、王室はその内容を否定した。しかし、スペンサー伯爵はBBCに対し、「ここで断言するが、彼はまさにこの通りの言葉を口にした」のだと述べた。

「これまで生きてきて、チャールズ皇太子と電話で直接話したのは、たった2回だけだ」

「私は彼の言葉を、ひたすらじっと注意して聞いていた。彼はまさに一言一句、そう言った。今ここで、あなたにそう約束する。彼は本当にそう言った」のだと、伯爵はBBCに強調し、「(チャールズ国王が)自分はそんなことを言っていないと、本人がそう否定するのは聞こえてこない」とも指摘した。

伯爵は、この「とんでもない」発言について「親しい友人や家族」にも話していると述べた。

世間は伯爵と国王のどちらを信じるべきかとBBCが質問すると、「私は本当のことを言っている(中略)あの日、国王との電話を自分から切るなんて、ほかにどういう理由がありますか」と伯爵は答えた。

この発言が約30年後に再び持ち出されていることについて、元妃の息子たち、ウィリアム皇太子とハリー王子はどう思うだろうかとBBCが尋ねると、「兄弟にとっては意外ではないはずだ」と伯爵は答えた。

伯爵はさらに、ダイアナ元妃への有名な弔辞の中で、姉の美質は「私たちの心から決して消えたりしない」と強調したのは、「間もなく忘れてしまう」と述べたチャールズ皇太子への「真向からの反論」だったのだと明らかにした。

国王について本には書かなかったこと

62歳のスペンサー伯爵は、今回の回顧録を書いた理由について、「歴史の目撃者としての義務」だと話した。さらに、自分の両親が60代で亡くなっただけに、「人生の最終段階」を迎えている者としての自分の義務だと述べた。

「私は死を意識しているので、真実を一度きっぱりと書き留めておきたかった」のだと伯爵は述べた。スペンサー伯爵はこれまで、ジャーナリストや歴史家として活動してきた。

「これは脅しではなく、本当のことだ。今回の本の内容とは関係がないので、あえて書かなかったが、私は国王について、たくさんのことを知っている」

そこに国王にとって不利な内容が含まれるのなら、その発言は脅しに聞こえるとBBCが指摘すると、伯爵は「いや、脅しではまったくない。ただの現実だ」と答えた。

ダイアナ妃が弟に対して、自分は夫と離婚することになると言い、夫は身の回りの世話をする男性従者を愛しているのだと言ったというやりとりも、伯爵の回顧録に含まれている。そのようなことはあり得ないと伯爵自身が言うだけに、ではなぜこのやりとりを回顧録に含めたのか、BBCは伯爵に質問した。本を売るための話題作りなのかとも、BBCは尋ねた。

「それは、ダイアナが、自分の結婚はもうおしまいだと私に話した、その会話の文脈での発言だからだ」と、伯爵は答えた。

「この本は、弟から姉への、愛情のこもった追悼だ。正直に書くことが彼女に示すべき誠意だと思うので、そういう本にした」

砂浜でサングラスをして、手をつないで笑顔で歩くサセックス公爵夫妻

画像提供, Getty Images

画像説明, スペンサー伯爵は、サセックス公爵夫妻の警備について懸念を示した

ハリー王子夫妻の警護問題

おいのハリー王子に対する王室の扱いについてBBCが質問すると、スペンサー伯爵はそれについて答えるのは気が進まないとしながらも、王子の安全を心配していると述べた。

「個人的には、王位継承順位5位で軍隊経験のある人が、警察の警護を受けられていないのは心配だ」

「まったく防げた状況で自分の姉が死ぬのを目にした伯父として、警護すべきだと私は思う」

王室や要人の警備を監督する政府委員会は、ハリー王子とメガン妃、そして2人の子供がイギリスを訪れるだけでなく、イギリスで生活するようになったことから、警察による警護レベルを見直す予定だと言われている。

ダイアナ元妃や、現在のハリー王子とメガン妃に対するマスコミの対応について質問すると、タブロイド紙の記事は「本当に本当に不快なことがある」と伯爵は答えた。

「世間は本当に、ダイアナの経験から学ぶ必要がある。私はハリーとメガンの代弁をするつもりはないが、(タブロイド紙に)日々の生活を破壊されている人にとって、本当にがんのように有害な影響を与えるもののはずだ」

「ダイアナは、あまりに批判され続けて、本当に打ちのめされていた。同じようなことが今も起きているのは、確かに本当に残念なことだ」

故エリザベス女王の葬儀で並ぶ、軍服姿のウィリアム王子と、喪服のハリー王子。二人とも前を向いている横顔が映っている

画像提供, Getty Images

画像説明, おいたちの関係修復を願っていると伯爵は述べた

王子たちの関係修復を期待

スペンサー伯爵は、ウィリアム皇太子とハリー王子の仲たがいについて、「マスコミの認識」とは異なり、自分はどちらの側にもついていないと述べた。

「亡くなった姉の息子たちを二人とも、私は応援している。もしどちらかが何かを望むなら、私は同じように力になる」

「私は決して、片方の陣営に加担しない。関与するなら、できれば穏健な立場で関わりたい」

王子兄弟の関係が「このような段階に至った」のには、「両方の側にたくさんの理由がある」とも伯爵は話した。

「いつか解決してほしいが、私は事の次第を全て知っているわけではない。何があったのか、詳しいことはもちろん知らない。なので、二人の母親は自分の息子たちが一緒にいて幸せで、お互いを愛するようもちろん願っていると、そう言う以上に何か関わるのは、立ち入りすぎだと思う」

元妃はBBCインタビューで「人を信用できないと確信」

BBCのクンスバーグ司会者は伯爵のインタビューで、BBCが1995年に放送したダイアナ妃のインタビューについて触れた。マーティン・バシール記者による悪名高いBBCインタビューと、元妃が1997年にパリにいたことは、間接的に関連していたのではないかと伯爵に質問した。

問題のインタビューでダイアナ妃は自分自身の不倫を認めたほか、チャールズ皇太子とカミラ・パーカー・ボウルズ氏との不倫のせいで、自分には価値がないと思ってしまったのだと語った。BBC番組「パノラマ」がこのインタビューを放送して間もなく、エリザベス女王はチャールズ皇太子とダイアナ妃に手紙を書き、離婚するよう指示した。

2021年の第三者調査では、バシール記者が偽の銀行取引明細書を作成し、ダイアナ妃を監視するために個人に報酬が支払われているかのように偽装したうえで、それをスペンサー伯爵に見せて妃に接近しようとしたという「欺瞞(ぎまん)的」な行為を行ったことが判明した。

クンスバーグ司会者の質問に答えてスペンサー伯爵は、パリでの自動車事故とBBC「パノラマ」のインタビューとの間には「関連」があると思うと述べた。

「多くの人が、『彼女は被害妄想だった』と言ったが、彼女は被害妄想ではなかった。証拠があったから、人を信用できないと確信していた。そして、そのせいであの夜、彼女は無防備な状態だったのだと思う」

BBCとバシール氏は、2021年の報告書が公表された後、チャールズ国王、スペンサー伯爵、ウィリアム王子、ハリー王子に謝罪した。

当時のティム・デイヴィーBBC会長は、「報告書によると、ダイアナ妃はBBCのインタビューを受けることに前向きだったそうだが、BBCがインタビューを確保するためのプロセスは明らかに、視聴者が期待する水準をはるかに下回っていた。この件について深くお詫び申し上げます」と述べていた。

「現代的な君主制」を支持

スペンサー伯爵は、18世紀にまでさかのぼる伯爵家の9代目当主で、広大な領地を所有する。その伯爵はBBCに対し「私は君主制には賛成だが、現代的な君主制が好きだ」と述べた。

王室を取り巻く「耳障り」な儀礼については、「あなたは先ほど王の発言を引用する際、『陛下(His Majesty)はこうおっしゃった』と言った。一人の人間がそのような時代錯誤的で卑屈な表現で呼ばれるのは、健全なことではないと思う」とクンスバーグ司会者に言った。

伯爵の近著は痛烈な王室批判だが、それでも君主制を支持するのかと司会者が質問すると、「支持する」と伯爵は答えた。

司会者がさらにその真意をただすと、「この本は、君主としてのチャールズ国王を扱っているわけではない。すべて30数年前の出来事についてで、当時の発言や行動についての本だ」と伯爵は述べた。

姉の不在を日々悼む

インタビューの終わりにBBCは、姉の死をいつかは乗り越えられるかとスペンサー伯爵に尋ねた。

伯爵は気持ちをあらわにしながら、ダイアナ元妃のことを「毎日」恋しく思うと述べ、「兄弟姉妹を失うというのはそういうもので、決して乗り越えることはできない」と話した。

一方、近く出版される回顧録は自分が「夕日に向かって引退」する前に、姉ダイアナの人生について語るべきことを語っておくための手段なのだと、伯爵は強調した。

「実は、この本を『白鳥の歌』と名付けた理由の一つは、これが私の最後の作品だからだ」。「白鳥の歌(スワンソング)」とは、人が亡くなる直前に残した遺作を表す言葉。

「私はダイアナの弟であり続けた。それについて自分の最終的な見解を書いたのが、この本で(中略)私はダイアナのことをいつまでも話し続けるつもりはない。これが彼女をたたえる、私の最終的な見解だ」