イギリスで人気の日本大使、イギリスただ一人の「サムライ」の洗礼地を訪問

クリッシー・リーディ記者、ネイサン・べヴァン記者
日本の鈴木浩・駐イギリス大使は24日、17世紀に日本に漂着した後、イギリス人で唯一「サムライ」となったウィリアム・アダムスが洗礼を受けた教会を訪れた。
この日はアダムスの洗礼記念日。アダムスは1564年9月24日、英イングランド南東部ジリンガムにあるキリスト教イングランド教会の聖メアリー・マグダレン教会で洗礼を受けた。
その後、航海中に日本に漂着したアダムスは、日本の将軍に取り立てられ、武士の身分を得ることになる。
鈴木大使は、「パイオニア精神の素晴らしい話だ」として、「その結果として現在、日本人とイギリス人の間に心から心へと通じ合う、本当に深い思いとつながりが生まれていることを、私はとても嬉しく思う」と話した。
イギリスでは2024年の着任以来、鈴木大使がイギリス各地を訪問した際の写真や動画がソーシャルメディアで話題となっている。
2025年1月には、ウェールズの国旗と日本の国旗、そして赤いドラゴンを手に持ちながら、ウェールズ語のウェールズ国歌「我が父祖の土地」を歌う動画を公開した。
同年9月にイングランド北部マンチェスターを訪問した際には、ボッディントンズ・ビールを贈呈されると、それを一気に飲み干して「バイ・エック、最高だ!」と叫んだ。これは、このビールの1990年代のテレビ広告で用いられていたキャッチフレーズを引用したもの。
日英の最初の橋渡し

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アダムスは当初、造船工としてチャタムで働いていた。その後、オランダのリーフデ号に乗り込んで極東へと航海したが、1600年に日本に漂着した。当時のイギリスはエリザベス1世の治世で、アダムスは日本に到達した最初のイギリス人だった。
一方の日本では、徳川家康が将軍となり、江戸幕府を開いたばかりだった。造船、航海、砲術でのアダムスの技量に感銘を受けた家康は、アダムスを顧問として雇い入れ、旗本に取り立てた。また、「三浦按針」という名乗りを与えた。
アダムスはその後、日英関係の中で独自の役割を果たした。ジェイムズ1世と家康の間の仲介役となり、イギリスの東インド会社が日本に商館を設置するきっかけを作った。
アダムスの物語は、1975年のジェイムズ・クラヴェル作小説「将軍」の着想につながった。小説は1980年にアメリカでテレビドラマ化され、リチャード・チェンバレンや三船敏郎が出演した。「SHOGUN 将軍」は真田広之主演でリメイクされ、2024年から放送されている。
ジリンガムがあるメドウェイ地区では、青少年交流プログラム「メドウェイ日本友好協会」が設立された。同協会からは毎年夏、日英の学生4人ずつが交換留学している。

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しかし、ウィリアム・アダムス協会のニコラス・マクリーン名誉会長は、アダムスは全く違う運命をたどる可能性もあったと話す。
「アダムスが参加したオランダ船団では、リーフデ号だけが生き延び、他の船は難破した」と、マクリーン氏は述べた。
「日本に漂着した後も、プロテスタントのスパイだと非難され、処刑される危険が極めて高かった。(カトリック教会の)イエズス会の思惑通りにいけば、そうなっていただろう」
「実際にはそうはならず、代わりにアダムスは将軍の顧問を20年近く務めた」










